旅人の手記 三冊目 ‐ 蝉海のブログ -

日常のよしなし事や、マンガ・アニメ・ライトノベルなどのポップ・カルチャーに関する文章をつらつらと述べるブログ。その他の話題もたまに。とっても不定期に更新中。

うさみみきさんの『名前の無い音』が完結

こんばんは、蝉海 夏人です。
台風ですが、南関東の方は天気がはっきりしない程度で済みました。
しかし、直撃した地方は至極甚大な被害が出たようで、
私としては信じられない気持で連日の報道を見ております。
台風の被害に合われた方には、お見舞いを申し上げたく思います。


うさみみきさんという同人作家の方が、
ご本人のサイトで連載されている作品で、
『名前の無い音』という長編がありますが、
こちらが先日、無事に完結致しました。

「ROLLING PANDA」(うさみみきさんのサイト)
――『名前の無い音』

作品の内容ですが、
自分達に呪いをかけた魔法使いを探す少年・少女の彷徨を描いた、
異世界ファンタジーです。
魔法使いサキリは、狼の王サクラバと少女シャサにある呪いをかけました。
サクラバには、人間の少年になってしまう呪いを。
シャサには、太陽が出ている間だけ狼の姿になってしまう呪いを。
そしてサクラバとシャサは出会い、
それぞれの呪いを解くためにサキリを探す旅へ出るのです。
二人は衝突しながら、そして時に協力しながら、放浪の旅を続けます。
そこで彼らは色々な経験をして、様々な人に出会い、
自分は「今、何がしたいのか」「今、何で生きているのか」
「今、何で二人で旅をしているのか」といったことを省察するようになり、
そして互いに絆を深めていく――、これはそんな物語です。

この作品を読むにあたって私が着目したのは、
ずばり「人と人のつながり」です。
親や周りの狼を殺して狼の王にのしあがり、
暴力による支配と孤独に生きていくことを至上の誇りとするサクラバ。
自分に虐待を加えてきた両親を刺し殺し、
自己の存在と世界の存在を否定するシャサ。
彼らに共通している主体性は、「他者の存在の否定」です。
サクラバの場合は、他者の存在を否定(=殺害)しているのに
他者と比べなければ、自己の存在を誇示できないという矛盾を抱えています。
そしてシャサは、他者(両親)から自己の存在を否定されたことから、
他者に対する否定にかかっています。
このような「関わりのなさ」の中から抜け出そうとしなかった二人は出会い、
そして共に旅をすることで、
「人と人とのつながり」を意識するようになっていきます。

このような〈デタッチメント〉から〈コミットメント〉へ
という物語の傾向は、
個人主義と適者生存を至上とする新自由主義の限界性から、
「生」の思想とコミュニティズムへ傾倒しつつある現代日本における、
小説・マンガ・アニメといった分野において、
昨今多く見受けられるようになりました。
その意味では、この作品もそうした「人のつながり」を重視した、
「現代的」な物語と言えるのではないかと思います。
しかし、個々の作品にはそれぞれ類型(ジャンル)だけで語れない、
その作品特有の「オリジナリティ」があるように、
本作も単に「人のつながり」を強調しただけの作品には留まっていません。
この『名前の無い音』では物語が進行してくるに従い、
「人とは、そもそも何か?」という観点から、
「人のつながり」の中へコミットすることにおける倫理的問題について、
登場人物の葛藤を通し、濃厚に描かれていきます。

特に元が人間でないサクラバなどは、
狼であったときの「業」(=自己存在を誇示するためだけに他の命を弄んだ)
と、人のつながりの中で生きていきたい思う自分という、
これら二者の葛藤に、物語の後半で苛まれます。

これは、サクラバとシャサに魔法をかけたサキリも例外ではありません。
彼は生後7ヶ月にして成人男性と同様の肉体に成長し、
かつ常人をはるかに超える知識と能力を体得しています。
どう考えても、生物学的に定義される「人」ではありません。
彼はそんな出自の故、生きていること自体を退屈し始めます。
こんな無意味な「生」を自分に与えた世界が憎い、
世界のネジを一本外して、この世界をおかしくさせられたらいいのに――。
しかし、そう考えそのように生きてきたサキリも、
最終的に「人と人のつながり」を求めざるを得ない状況に追い込まれます。
――これ以上は、本編を読んでお確かめ下さい。

さて。まとめますと『名前の無い音』は、
上述のような「人のつながり」と「人としての〈生〉」に関する問題を、
童話的な画風と叙情的な物語で連綿と紡がれたファンタジーマンガなのです。
時に、ドラマツルギーがやや拙く説得力に欠けるプロットもあり、
作画の方でも1ページあたりのネームが多過ぎて読み難いこともありましたが、
テーマ性がしっかりと据えられていて、
かつ登場人物が主体的によく動いてくれているため、
次のページをめくらせる(この場合はクリックか)力は、
なかなかに感じさせてくれる出来映えに仕上がったと思いました。

人とは何か? 人と人のつながりとは何か?
人でないものが人になるということは、どういうことか?
そもそも人とそうでないものの境界とは、何処にある?

こうした問題に関心のあり、
メルヘンティックあるいはファンタジックな雰囲気が好きな人なら、
この作品を読んでみてはいかがでしょうか。

さて。うさみみきさんの作品はこの他にも複数公開されており、
ご興味がおありでありましたら、そちらの方もご覧頂ければと思います。
僭越ながら私のおすすめを述べさせて頂きますと、
連載ものなら『星の郵便局』『マジェリカ・エカチェル』、
読切なら『Rear Bear』『あーちゃん、そっちに行かないで』などを
挙げておきたいですね。

また公開されている作品のうち、いくつかの作品では、
同一の世界が舞台になっていることが示唆されております。
例えば『名前の無い音』には物語の中盤で、
ある旅人のキャラクターが出てくるのですが、
彼は同著者の他作品にも登場しています。
このような大きくつながった世界観も、
うさみさんの諸作品を読む醍醐味の一つといえるでしょう。


では、遅くなりましたが今日はこの辺で。
うさみみきさん。『名前の無い音』の連載、本当にお疲れ様でした。
今後のご活動のほどを、ご期待申し上げます。