旅人の手記 三冊目 ‐ 蝉海のブログ -

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『私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!』の魅力の核には、オールドガンガン系作品の特徴である『優しさ』が潜在している

 ガンガンONLINEで連載中のマンガ私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!谷川ニコ)について語られる際、取り挙げられる本作の特徴として次のような言葉がよく見受けられる。「非リアもの」「痛々しい失敗譚と成長物語の同居」「百合百合しさ」などといったワードは、確かに本作を構成する要素であるとはいえる。
 だが私は、本作の魅力の根底に「オールドガンガン系作品の特徴」を見て取ることができると考えている。

 


・オールドガンガン系作品の特徴

 

 本題に入る前にまず、「オールドガンガン系作品の特徴」とは何かを定義しておく必要がある。「オールドガンガン系作品の特徴」とは、「90年代のガンガンおよびその派生雑誌の掲載作品、あるいはそれらに強く影響を受けた以降の作品に共通するとファンに感じられている『何か』」である。
 その定義は読者によって大幅な揺らぎがあるが、おおよそ次のような言葉で語られることが多い。

 

「冒険やファンタジーなどRPG要素」「勧善懲悪ではない世界観」「アンチ・マッチョイズム」「個性的だがアクの強さはない」「可愛らしく優しい絵柄」「ハートフルな日常」「キャラクター人気の高さ」

 

こうした要素を、雑誌の複数作品に、あるいは雑誌を超えて見て取ることができると主張するオールドガンガン系作品のファンは、かつてそのファンダムにおいてよく見受けられた。
 次に挙げるのは、90年代に『月刊少年ガンガン』の読者だった人の記事である。

 

ozakit.o.oo7.jp

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筆者は、こうしたオールドガンガンファンが主張するこれらの印象を筆者は「『ともに過ごす時間』の描写が魅力的」*1だったと総括している。その上でさらに、これらオールドガンガン諸作品の系統を「ロト紋型」と「パプワくん型」の二つに分けられるというのだ。
 筆者は、二つの系統にはそれぞれ特有の価値観があり、前者は「複数人でパーティを組んで旅をする」こと、そして後者は代表に挙げている作品『南国少年パプワくん』の台詞から「今日からお前も友達だ」という価値観であると主張している。*2後者の例として彼は、代表作である『パプワくん』を始めとして、『パッパラ隊』『浪漫倶楽部』『CHOKOビースト!!』などを取り上げ、また前者の系統でありながらこの想像力を保有する作品として、『グルグル』や『刻の大地』を挙げている。*3
 私は、この筆者の考えに近い立場を取る。だが筆者は、これらの特徴というか想像力を、『まもって守護月天!』や『最遊記』が始まった97年辺りを契機として、以後のガンガン系諸作品には余り適応しないという立場を取るようであり、ここは私の見解とは異なっている。これら「『ともに過ごす時間』の描写が魅力的」という特徴から派生した、「今日からお前も友達だ」という価値観は、97年以後のガンガンおよび姉妹誌の作品にも通底していた、という立場を私は取る。具体的にどのような作品が入るのかは、スクウェア・エニックス系作品のレビューサイトである「たかひろ的研究館」における以下の記事とほぼ意見を同一にする*4
 こうした「オールドガンガン系作品の特徴」を、それとは正反対とされる「アクの強い」作風とされた『わたモテ』も実は備えている、それも本質的なものとして潜在しているのだ。そのことを本論においては、考察する次第である。

 

※ 以下の作品について、核心的な部分のネタバレがあります。

マンガ『私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!』1, 6, 8, 9, 12(谷川ニコ スクウェア・エニックス

 


・ 「ぼっち」といういう初期の路線からの漸進的な脱却
 
 本作は当初、「喪女」*5というネット用語をモティーフとして連載開始された。新高校生である智子はモテないどころか友だちが一人もいない「ぼっち」である。そんな智子は承認欲求をこじらせ、痛々しい愚行を繰り返しては失敗し、恥を欠く。これが初期の本作のコンセプトだ。
 主人公がぼっちなため、最初期はレギュラーキャラがかなり少ない。智子の弟である智貴、智子の馬鹿な行動を見かねては説教する母、他校の女子高生で智子の唯一の友だちである成瀬優。この三人以外は大体ゲストキャラである。弟との漫才が、初期のメインと言ってもいい。 はっきりいって、「アクが強く人を選ぶ」というのが本作初期における感想の多勢だった。どう考えても、先述した「ガンガン系想像力」とは程遠い作風だ。だが既読の方はご存知のように、本作は5巻を過ぎた辺りから、徐々に路線変更が試みられる。それは、「智子が『ぼっち』から脱却する」という展開だ。

 

 5巻で2年生になった智子はある日、図書室で同じ中学の同級生である小宮山琴美と遭遇する。琴美は、中学時代に智子の弟・智貴に好意を抱いていた。だが、智子がそれを誤解して智貴に伝えてしまったことで、とんでもない恥をかいてしまう。以来、智子のことをずっと根に持っていたのだが、智子はその理由どころか琴美の存在自体を忘れていた。ここから二人は何かと遭遇しては、衝突するようになる。
 この二人の仲を持つのが、智子と琴美の元同級生である優だ。智子と優は、時々休日に約束をしては遊ぶ程度の関係が続いていた。だが高校デビューが成功してリア充になった優に対し智子は、軽口を叩きつつもどことなく引け目を感じ、見栄を張る虚言を何度となく吐いた
 だが高校二年になって3人が再開したことにより、智子・優・琴美の関係性は大きく動く。智子と琴美は互いに悪態をつきながらも、優を交えて一緒に遊ぶ一種の悪友関係として再構築され、また智子の優に対する「自虐的な嫉み」や「見栄のウソ」もなくなり、かつてのような楽しい時間を取り戻す。

 

 そして8~9巻に掲載された修学旅行編において智子は、完全に「ぼっち」から脱却することになる。四人班の班長を任された智子であったが、他のメンバーは互いに全く面識がないという、地獄の組み合わせであった。
 ヤンキーでクラスに友だちがいない吉田茉咲、最初から班行動をする気がないカースト上位グループの一人である内笑美莉、たった一人の友人が別の班に入りケンカ中で冷淡な態度を取る田村ゆり。智子は、完全に行動を別にする内を除いた二人をまとめるのに、四苦八苦する。
 だが智子は、「普通そうはならないだろ」といったドジを踏んだり、調子に乗って余りにアホな失言をしまくったりする。それで怒る茉咲をゆりが仲裁したり、茉咲も余りにドジな智子の面倒を見たりしているうちに、三人の間に奇妙な信頼関係が生まれる。
 修学旅行三日目の自由行動では、ゆりが別の班の友人である田中真子と仲直りし、彼女も含め四人で行動することになる。以後、修学旅行後もこの四人は何かと一緒にいるようになり、ギャグを交えつつも、ゆるやかで優しい時間が描かれるようになる。

 

 上述の女子キャラクター同士の関係性はある種の「百合」要素を彷彿とさせながらも、その根底にあるのはガンガン的な、「『ともに過ごす時間』の描写が魅力的」という特徴から派生した、「今日からお前も友達だ」という価値観ではないかと、私は思うのだ。

 


・ 根底にある「優しい世界」とオールドガンガン系諸作品

 

 実は本作、智子がネガティブな自意識ゆえに周りを正しく認識できていなかったり、また極端な行動のために空回りしまくるだけであり、最初期から一貫して「悪人がほとんどおらず、目を背けたくなるような理不尽は存在しない、優しい世界」なのだ。


 この「世界の優しさ」に、智子は当初気づかないのであるが、それに気づいたとき智子は明らかな成長のしぐさを見せる。それは、智子の一つ上の先輩である今江恵美とのエピソードにおいてだ。

 智子が一年のときの文化祭前日、体育館でイスの設置作業を手伝ったことにより、今江は智子のことを認識する。それ以来今江は、智子の寂しげな背中を、陰ながら気にかけるようになる。また智子も、今江の優等生然とした姿に、うっすらと憧憬を描くようになる。
 卒業する今江に対し、智子が別れの言葉を交わす115話(12巻収録)は、本作屈指の名エピソードである。この話で智子が流す涙は、彼女の成長の証だ。本作の芯にあるのは「優しさから成長へ」という命題であることを示している。

 

 この「優しさから成長へ」という命題は王道ではあるのだが、ガンガンにおいてはまさしく、「今日からお前も友達だ」という価値観を貫いてきた「パプワ型」の諸作品、例えば『浪漫倶楽部』などの古典的名作たちが何度となく描いてきたテーマといえる*6
 また本作はその画風が、「優しい世界」を表現するのに適している。癖がない程度にデフォルメが効いてどことなく可愛らしいキャラクターデザインと、繊細な描線。これらは従来のガンガンの人気作品に見られた特徴だ。
 そうした「パプワ型」オールドガンガンにおける「優しさ」のエッセンスを、正反対である「喪女・ぼっち・コミュ障・下ネタ」などといったどぎつく排他的で表面的なネットミームを前面に描き、逆照射する形で、浮き彫りにしたのが『わたモテ』なのだ。こうした解釈は全く無益だろうか。

*1:http://ozakit.o.oo7.jp/diary/1911.html#2019/11/05

*2:http://ozakit.o.oo7.jp/diary/1612.html#2016/12/15

*3:(前掲)

*4:http://enixcomic.fan-site.net/enix8/enixcomic2.html

*5:「喪女の定義 喪女と呼ばれる定義は 1 男性と交際経験が皆無 2 告白されたことがない人 3 純潔であること」(谷川ニコ私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!』1巻 スクウェア・エニックス 2012年 p.2)

*6:そもそもガンガンの人気作は現代で言うところの「陰キャ」含む「ちょっとズレたヤツら」に優しい構造の作品が多い。『パプワ』『グルグル』『CHOKO』『浪漫倶楽部』『刻の大地』『ハレグゥ』など往年の人気作、姉妹誌では『dear』『天正』、『Working!!』などもそうか。