旅人の手記 三冊目 ‐ 蝉海のブログ -

日常のよしなし事や、マンガ・アニメ・ライトノベルなどのポップ・カルチャーに関する文章をつらつらと述べるブログ。その他の話題もたまに。とっても不定期に更新中。

五島列島(長崎)の人々と若手書家との愉快な日常――『ばらかもん』


ばらかもん』1巻(ヨシノサツキ スクウェア・エニックス)表紙

現在、「ガンガンONLINE」(スクウェア・エニックス)というウェブ雑誌にて、
ばらかもんヨシノサツキ)というマンガが連載されています。
(2011年8月現在、4巻まで刊行)
主人公は、若手書道家である半田清舟。(1巻表紙・上)
気難しくプライドが高い彼は書画の受賞パーティーで、
書道界の大物に酷評されて激昂し、トラブルを起こしてしまいます。
半田は精神修養のため東京から離れ、
長崎の西に位置する五島列島の一区域である七ツ岳郷(架空の町名)に
滞在することにしました。
しかしそこでは、
イタズラっ子のなる(1巻表紙・下)をはじめとしたお節介な島民達が彼を取り巻き、
スローライフとは程遠い賑やかな日々を過ごすことになるのでした。

基本的に半田と地元の人々が織り成す掛け合いを主としたコメディでして、
これがかなり笑えます。
台詞回しや間の取り方が巧妙で快く、
彼ら登場人物の追っている会話を追っていると、自然と愉快な気分になれますね。
昨今のギャグマンガでありがちである
陰湿ないじりネタや自己満足な内輪ネタはほとんど見受けられず、
誰にでも楽しめるであろう内容に仕上がっているといえます。

また作中では地方の島を舞台にしているだけあって、
乏しい交通手段・方言・きれいな海・ご近所での料理のおすそ分けなど、
地域の特色・文化を物語のネタとしてふんだんに採用しています。
作者であるヨシノサツキさんがこの五島列島の出身であるため、
作品のなかで描かれる地方ネタは、どれも説得力を感じますね。

特に地元の言葉に関しては、著者の実母が監修しているだけあって、
かなり力が入っています。
タイトルからしてそうですね。
ばらかもん」とは五島の言葉で「元気もの」という意味で、
これ以外にないほど、作品の内容と相応したタイトルと言えるでしょう。
さらにはサブタイトルも方言で統一されていて、
(「ばらかこどん(元気な子)」「ひとんもち(祝いで投げる餅)」
 「だんぽ(池)」など)
ヨシノさんの郷土に対する愛着を感じさせてくれます。
そして勿論、作中の登場人物が話す台詞(特に年配のキャラクター)にも、
「バテかえす(ひっくり返す)」などといった地元の言い回しや訛りが散見され、
先に述べた登場人物同士の掛け合いに、
独特の味と小気味良さが加えられています。
またこうした訛りは、それだけでどこか暖かみさえ感じられるものを覚えます。

「危なかけん 登ったらダメち 言(ゆ)ったろ?」(1巻 P.3)
「海は荒んだ時にこそ見るもんぞ わかっちょらんね」(1巻 P.17)
「下ば見っとよ チャンスは以外にも下に落ちちょるけんね」(1巻 P.190)
「人と人とのつながりこそ 万全な防犯対策やろ」(2巻 P.20)
「ホレ 食(か)め!!」(差し入れのお漬物を持って)(2巻 P.25)

こうした痛快明瞭だけれども、暖かな言葉の応酬。
ここに『ばらかもん』という作品の根底に流れる
コミュニティズムのエッセンスを、 感じ取ることができるのだと思います。

それと忘れてはならないのが、
こうした騒々しいけれど人の優しさを感じられる交流を通じて、
荒んだ心持であった半田が精神的な成長を遂げていくという、
本作の肝といえるプロットです。
来訪した当初は、島民のことを訝しがり、鬱陶しがっていた半田は、
彼らとの触れ合い(どつきあいといってもいいかも)を通じていく内に、
「自分がここに着た意味」ということを内省していきます。
このプロセスが最も明快に描かれているのが、
本作の連載のきっかけとなった読み切り(第1話)のエピソードですね。
なるに連れられて防波堤から夕日が落ちていく海を観た半田は、
その夜に何かが吹っ切れたかのように筆を執り始めました。
そして特大の和紙に大きく「楽」と、豪快に書くのです。
この一場面は何とも痛快で、最初期の話ながら、
連載が軌道に乗った現在でも、
印象に残ったシーンとしてあげる読者がいるほどです。

まあ、とりとめもなく長々と感想を綴ってきましたが、
本作は人を選ばず、誰もが楽しめる秀作であります。
ご興味がおありの方は是非手にとって見て下さい。イチオシです。