旅人の手記 三冊目 ‐ 蝉海のブログ -

日常のよしなし事や、マンガ・アニメ・ライトノベルなどのポップ・カルチャーに関する文章をつらつらと述べるブログ。その他の話題もたまに。とっても不定期に更新中。

わかつきめぐみさんの『黄昏時鼎談』が素晴らしい

先日、
わかつきめぐみさん(昔、花とゆめで『So What?』とか描いていた人です)の
黄昏時鼎談』という短編集を買ったのですが、
これに収録されている一篇一篇が実に素晴らしかったです。

この人の特徴は、まずなんといってもその作画ですね。
繊細な描線とトーン使いから紡がれる、光を含んだような表現。
それらがとにかく柔らかなイメージを与え、
緩やかな雰囲気が読者を包み込んでくれます。
内容もそれに準じたものが多く、
読後感は非常に爽やかな優しさを覚えるようなものが殆どですね。
時には、どろどろとした微妙な感情など、人間の負の側面が扱われるのですが、
それを露骨に描写しないのです。
そういったものを否定せず、優しい雰囲気と真摯な態度でそれを受け入れ、
それぞれが幸福を認識して日常に戻るのが、彼女の作風です。
独創性が高い話が多いのも、わかつきさんの特徴です。
これに収録されている中では、『Earth Blue』や『くちなしの香る頃』、
黄昏時鼎談』の各話などが最も足るものですね。

まあそんな感じで、
基本的にはわかつきさんの基本的な作風を準じたものばかりなのですが、
一部だけ暗い影を後に残すようなものがあって、それが印象に残りました。

(ここから、ネタバレ。注意されたし)

まずは『彼女の瞳』という短編です。

旅人が森の中で迷ってしまい、ようやくのことで一軒の小屋に辿り着きました。
そこに住んでいたのは、薬師の青年と両方の眼窩に包帯を巻いている女の子で、
旅人は頼み込んでそこに泊まることにします。
旅人は鈴を持っていました。
女の子はそれを気に入ってくれて、旅人は彼女にそれをあげることにします。
彼女は笑顔で、「ありがとう」と返してくれました。
夜中、ふと聞こえてくる水音に目を覚ました旅人が水場に向かうと、
そこには女の子が包帯を外して顔を洗っていました。
女の子と目が合った瞬間、旅人は激しい苦しさを覚え、
彼女は自室に駆け戻ってしまいました。

女の子は人に死をもたらしてしまう「邪視」を持っていたのです。

薬師の青年の方は、調剤を間違えて人を死なせたことで、
街を追われて山に逃げ込んだ末、ここまで辿り着きました。
そこで女の子と会ったのです。
彼は、その罪滅ぼしではないけれど、どうにかして彼女の邪視を治せないかと、
この小屋で力を尽くしていたのです。

朝になり、旅人は宿に別れを告げました。
旅に戻り、それからずっとあの女の子のことと、
薬師の青年のことを考えていました。

そして、女の子がくれたあのときの笑顔が、
いつまでも頭から離れなかったのです。

このような「視線が人に影響を与える」という伝承や信仰は
、古くから様々な地域で伝えられていて、
特に人に害を与えるものを「邪視」と呼ばれます。
その邪視だとされた人への偏見や差別、
それをモチーフした悲劇的なストーリーを組む物語は数多くありますが、
この作品はその中でも秀逸な一品に入ると思います。
それから、女の子の瞳が淡く綺麗に描かれているのも、
一層ペーソス(悲哀)さが強められている印象があって、
ひどく切ないものを想起させられました。
薬師の青年の事情も、生々しいものを感じますね。
このようなことはいつの時代でも、医療に携わる者には付きまとう危険ですが、
それに対する責任や心情をしっかりと描いていると思えます。

わかつきさんの作品は、基本的に読後感がすっきりしたものが多いのですが
、これは確実に暗い影を読んだ後に残します。
重く、切なく、辛く、彼女の作品のなかでは珍しいタイプの一篇でした。

暗い影、といったら別の収録作品である『blue3』も当て嵌りますね。

これは主人公がとある飼い犬の話で、飼い主である女の子に恋をしています。
だけど自分は犬だから想いも伝えられず、見ているだけしかできない。
寿命も人間より短いから、女の子よりは先に死んでしまう。
それでも、短い間だけれど、
「一緒に過ごしている」という幸せを噛み締めたい――。
山場までとラストでは、
わかつきさん特有の柔らかく優しい雰囲気に包まれているものの、
主人公の切なく辛い想いが前面に描写されているシーンが終盤にあり、
これにはひどく感傷的にさせられるものがありました。

切ないというと、最後に収録されている『ONE WAY』もそうですね。

とある夫婦のお話。奥さんは、身体が弱くて寝たり起きたりの生活でした。
そんなある夜、旦那さんは突然光臨してきた精霊に、

「この婦人はこれから、人並みの生活を送る事はできず、 二人とも苦しい日々を強いられるだろう。今ならこの場で楽に死なせてあげることもできるが、どうする?」

と、選択を迫られます。
しかし、「それでも、何があっても、そばに居たい。」と旦那さんは言いました。

それから30年。奥さんは案の定、これまで入退院を繰り替えし、
旦那さんはその介護をする生活をしてきました。
それで、旦那さんは奥さんを苦しめてしまったのではないかと悔やみ、
「自分の選択は正しかったのか?」と、ずっと煩悶してきたのです。

しかし奥さんは、「それでも一緒に暮らしてこれて、幸せでした」と、
旦那さんに言いました。

現実のこの国でも、配偶者の介護で苦しんでいる人が沢山います。
それが原因で起こる悲劇、そうしたことが連日のように聞かされますね。
そんな現状だからこそか、私はこの一篇に対して、
深く考えさせられるものを覚えました。

最後の桜が舞っているシーンは、何とも言えない寂寥と感傷を覚えます。

  
さて。つらつらと書いていたら、
当初の予定よりかなり長くなってしまいました(^^;
まあそんな感じで、全篇に渡って素晴らしい作品が詰まった短編集です。
新書で手に入れるのは難しいと思いますが、
古本屋とかなら運がよければ置いてあると思うので、興味がある方はどうぞ。